野菜に関する故事・ことわざなどの言葉には、
食べ方・栄養などなど・・ 昔の人の知恵がたっくさん!詰まってます。
知って得する「野菜の言葉」をココで紹介します。
お米
「青田から飯になるまで水加減」
お米は、田にあるうちから飯を炊くまで、収穫量・味ともに水加減に左右されるという意味で、どんなことも加減が大切だよ!という教えです。今は炊飯器で簡単に炊けるお米ですが、昔かまどで炊く場合は水加減が難しかったのです。
「米の字の祝い」
「米」の字を分解すると「八十八」になります。このことから八十八才のお祝いを「米寿(べいじゅ)の祝い」や、「米の字の祝い」といいます。
「いつも月よと米の飯」
毎日お米のご飯には不自由していないし、夜になると月が出ています。
このことは毎日続いても飽きなくて良いことですが、日常はなかなかうまくいきませんよ、という教えです。
「冷や飯を食わせる」
冷たい態度であしらうことを意味します。
「同じ釜の飯を食う」
同じ家に住み、一つの釜の飯を分け合って食べることから、仲間や職場関係などの人と人のつながりをさします。
「新米にとろろ汁」
美味しいもののたとえです。
「千石万石も米五合」「千石万石も飯一杯」
千石万石の(多くの)収入ある人も、自分の食べる一日分のお米は五合で十分です。欲は適度に(ほどほどに)しましょう!という教えです。
「百里に米を負う」
貧しい家に生まれ、親のために孝養をつくすこと(親孝行すること)を意味します。
「飯粒で鯛を釣る」「麦飯で鯛を釣る」
小さな元手で大きな利益を得ることを意味します。
「五穀豊穣」
田や畑の穀物がたくさん実って欲しいという願いを込めた言葉です。
「穀つぶし」
「五穀つぶし」が変化したもので、一人前に食べるだけで何もせず、何の働きもないことを意味します。
かぼちゃ(南瓜)
「芝居蒟蒻芋南瓜(しばい・こんにゃく・いも・かぼちゃ)」
江戸時代、女の人の好きな物を、語呂と言葉の調子がいいように並べたものです。
同じ意味で「芋蛸南瓜(いも・たこ・なんきん)」というのもあります。
「冬至にかぼちゃを食べるとかぜをひかない」
昔から、一年で一番お昼の短い冬至の日にかぼちゃを食べて柚子をいれたお風呂に入ると風邪をひかないといわれています。栄養のあるかぼちゃを食べて、寒さが増す冬に備えようという昔の人の知恵です。
「冬至南瓜に年取らせるな」
かぼちゃは夏から秋にとれる野菜で、栄養を損なわずに保存がきくので、野菜のとれない時期の強い味方でした。
そのかぼちゃも冬至を過ぎるころには痛んでくるので、年内に食べきるようにという教えです。
サツマイモ(薩摩芋)
「栗よりうまい十三里」
(「里」とは昔の距離を計る単位で、1里は約3.9km)
「十三里」とはサツマイモのことです。「クリ(九里)」と「より(四里)」を足すと十三里になりますが、江戸(東京)から十三里離れた川越のサツマイモがとても美味しかったことから生まれた言葉です。
「芋づる式」
サツマイモのつるを引っ張ると次から次へと芋がでてくるように、あることに関連している人や出来事が次々に解明されてゆくことを意味します。
ダイズ(大豆)
「豆名月(まめめいげつ)」
昔の暦(こよみ)で9月13日のお月さまのことを呼びます(現在の10月下旬)。
「栗名月(くりめいげつ)」ともいわれ、この頃が豆や栗の一番おいしい時期です。
「まめに食うとまめでまる(いられる)」
豆をまめに食べる、よく食べるとまめ(健康)でいられるという意味です。
ダイズはこうした願いをこめて行事食に使われています。おせち料理に欠かせない黒大豆も「今年1年、まめに暮せるように」という願いがこめられています。
「魔滅(まめ)」
当て字で使われました。大豆には、わざわいや病気などの「魔」を滅ぼす力があると考えられていました。
節分の夜に「鬼は外、福は内」と豆をまくのもこの理由からです。
「大豆は米にまさる」
日本でもっとも古い医学書『医心方』に出てくる言葉です。ダイズは植物なのに、たんぱく質と脂質がたくさん含まれている作物で、その実力は「畑の肉」と呼ばれるほどです。
ダイコン(大根)
「大根食ったら菜っぱ干せ」
大根の葉のようにいつもは捨てるようなものでも、まさかの時に役に立つという意味。大根の葉にはビタミン類やカルシウムなどの栄養がたっぷりです。
「大根役者」
大根は消化がよいので、お腹の調子が悪くなること、あたることはめったにありません。このことから、平凡で、あたらない(うけない)役者をこういうようになりました。
「大根頭にごぼう尻」
大根は頭の方がおいしく、ごぼうはお尻の方がおいしいという意味です。大根は先の方が辛いので、頭の方が甘く感じられます。また、ごぼうは、お尻の方が組織がやわらかいので、このようにいわれます。
「大根どきの医者いらず」
大根の収穫時にはみな健康になり、医者がいらなくなるという意味です。大根はお腹の調子を整え、消化をよくするはたらきがあり、昔から体によいものとされてきました。
「大根種と人種は盗まれぬ」
遺伝は争えないものであるということを意味します。
「大根を正宗で切る」
大根を切るのに、名刀の誉(ほま)れ高い正宗を持ち出すことはないという意味です。大したことでもないのに、些細なことを大袈裟にすることはありません。
なす(茄子)
「秋なすは嫁に食わすな」
年中出まわっているナスの中でも秋ナスが一番おいしいので、姑が嫁を憎んで食べさせないという説や、ナスは体を冷やすので嫁の体を気づかっているという説があります。
「師走筍寒茄子(しわすたけのこかんなすび)」
「師走」は12月のことで、「寒」は小寒(1月6日頃)から節分(2月3日か4日)までの約30日をさし、1年のうちでも特に寒い時期です。タケノコの旬は春、ナスの旬は夏から秋です。どちらも旬でない冬場に手に入れることは、昔はむずかしいことでした。このことから望んでもかなわないことをこのようにいいます。
「なすの花と親の意見は千に一つも仇(あだ)がない」
仇とは無駄になることをいいます。ナスの花は必ず実になり、無駄になる花はありません。同じように親の意見も必ず役に立つものだという意味です。
ごぼう
「ごぼうの種まきは柿の葉三枚」
柿の木の芽に葉が三枚ほど開いたころにゴボウの種をまくとよいという教えです。
「酢はなます ごぼうは田麩(たぶ)」
なますは酸味(酢)があってこそおいしくなり、同じようにお麩はゴボウがあってこそおいしくなります。料理をつくるときに欠かせない組み合わせのことです。
「ごぼうを同じ土地に二年作らぬ者は馬鹿」
同じ土地に同じ作物を続けて作ると病気にかかりやすくなり、収穫量が減ることがあります。ところが、ごぼうは続けて同じ土地で作ってもよくできるのでこのようにいわれました。